デス・オーバチュア
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なぜ、こんな屑共に陵辱されなければならない。 異端である私を迫害、排除しようとするだけなら構わない。 それともこれも迫害の一つか? …………嫌だ。 避けられるのも、忌み嫌われるのも、石をぶつけられるのも構わない、もう慣れたことだが、こんな奴らに汚されるのだけは御免だ。 そう思った時、私の中で何かが弾けた。 それと同時に私を汚そうとしていた下劣な男達も弾け、肉片と赤い液体と化し私に降り注いでいた。 そして、私は知る。 血の色だけはどんな屑でも綺麗だと……。 『世界が私達を受け入れないのなら、私達が世界を手に入れればいい』 確か、あの男が私に言ったセリフはそんな感じだったと思う。 私は世界を、人間を憎んではいたが、私の思考は世界を支配するとか、世界を滅ぼすとか、そういった方向にはなぜか向かってはいなかった。 だが、この男がそれをしたいというのならそれを手伝ってもいい気がした。 思想の共鳴ではなく、私の『力』が全て通用しなかった男への興味が一番の理由だったのかもしれない。 『一緒に来るか?』 私は、彼の……仮面の男の手をとった。 赤の中の赤。 魔術師の国の首都はその名の通り、赤く染まっていく。 紫の髪と瞳を持つ一人の少女によって……。 ネツァク・ハニエルはただ立っているだけだった。 「赤霊紅蓮波(せきれいぐれんは)!」 「黄霊雷神撃(きれいらいじんげき)!」 「緑霊朔風斬(りょくれいさくふうざん)!」 炎が雷が風がネツァクに襲いかかるが、全て彼女に届く寸前に目に見えぬ何かに弾かれるように消えていく。 「くっ……なぜだっ!?」 ネツァクに攻撃をしかけた三人の魔術師の一人が声を上げた。 彼等は先程から様々な七霊魔術をネツァクにしかけているのだが、何一つ通用しないでいる。 「……もういいのか?」 ネツァクは何の感情も浮かんでいない瞳で、三人をただ見つめていた。 「くっ! 三人の力を合わせるぞ!」 『灼き尽くせ、全てを灰燼にきすまで! 赤霊灰燼殺(せきれいかいじんさつ)!』 三人の呪文の合唱が終わると共に、ネツァクの姿を赤い炎が包み込む。 「やったか!?」 赤霊系最大呪文、三人の残る魔力を全て込めた彼等の放てる最強の一撃だった。 だが、ネツァクを灼き尽くすまで消えないはずの赤き炎が、突然弾け飛ぶ。 「……それで、終わりか?」 炎が消滅すると、火傷一つ負っていない無傷のネツァクが姿を現した。 「馬鹿な、貴様はい……」 「……どんな死に様がいい?」 「なんだと!?」 「決めた、お前は焼死がいい」 呟きと共に、ネツァクの紫の瞳が一瞬光る。 紫色の炎が一人の魔術師を包み込んだ。 「がああっ!? 消えろ! 消えろぉっ! 消えない!? ぐがあぁぁっ!」 魔術師の男は転げ回る。 男がどんなに暴れようと、仲間の魔術師が水や氷を生み出そうと、男を包み込む紫の炎は決して消えることはなく、男を灰になるまで灼き尽くした。 「馬鹿なこの炎は……」 「お前は……そうだな、串刺しだ」 突然、魔術師の周りに無数の紫色の剣が出現すると、ネツァクの言葉通り魔術師を串刺しにする。 「ば……馬鹿……な……」 魔術師は自分に突き刺さっている剣の一つを引き抜こうと、剣の柄を掴もうとした。 しかし、男の手は剣をすり抜ける。 「なっ……?」 その現象に対する疑問が魔術師の最後の思考だった。 「幻を掴むことなど、誰にもできない……」 「幻?……幻だと!?」 ネツァクの言葉に、最後に残った魔術師が声を荒立てる。 幻、幻覚だと言うのか!? 自分の仲間が死んだのは幻覚!? いや、幻覚ではない自分の仲間が死んだのは紛れもない現実だ! それとも……。 「お前は……斬首だ」 最後の魔術師はいつのまにか出現した絞首台(ギロチン)に捕らわれていた。 「幻……幻だ!? 幻に斬られても……俺は死ぬはずはない!」 絞首台の刃が魔術師の首を目指して落とされる。 「そう……全ては夢幻(ゆめまぼろし)のごとく……」 魔術師の首が宙に舞った。 「…………」 ネツァクは無感動に目の前の三つの死体を見つめていた。 一つは焼死体……いや、正確には焼けカスというべきだろう。 一つは刺し傷だらけの死体……体中の刺し傷から血を流し続けていた。 最後の一つは首無し死体……少し離れた所に彼の首が転がっている。 「恐ろしい……やはり、お主は魔性だ……紫苑よ」 声のした方にネツァクが視線を向けると、そこには黒いローブを着た老人がいた。 老人の後ろには数十人の魔術師達が控えている。 「学園長……」 「紫苑よ、やはり、お主は人間を滅ぼすのか? 魔性の者として……」 ネツァクが学園長と呼んだ老人は、ネツァクに問いかけてきた。 「私は魔族ではなく人間……いや、もうはやどうでもいい……」 「学園の恩を仇で返すというのだな?」 「恩など無い……私がこの学園で得たものはクロスだけだ……いや、学園に入学させてくれたことは感謝してもいいかもしれんな……おかげでクロスに出会えたのだから……」 「紫苑よ、お主は……」 「語ることはない。この国を滅ぼす、ただそれだけのことだ……」 「いかん、皆の者、紫苑の目を見るでな……」 学園長の言葉が言い終わるよりも速く、紫苑の紫の瞳が妖しく光る。 「転落死、焼死、凍死……」 数秒後、その場に立っているのはネツァクと学園長だけだった。 ネツァクの呟いた言葉通り、魔術師達はある者は崖から落ちたかのように潰れ、またある者は焼死、あるいは凍死していた。 「魔性眼(ましょうがん)……なんという恐ろしい力……」 「夢幻眼(むげんがん)と呼んで欲しい……それにしても流石は学園長……よく耐えた……」 「お主の炎も刃も全ては幻……幻は幻に過ぎぬと完全に思い込める精神の強さがあれば、術中より抜け出すのは難しくはない」 「……だが、それができたのはあなただけだった。レッドの魔術師の質も落ちた……」 「ぬう……」 「こいつらは思い込みで死んだ……焼かれたと思い込み、自らの体を自らの意志力で灼き尽くし、首を刎ねられたと思い込み、首を刎ね……1%でも幻に過ぎないと否定できなければ、私の幻は現実となる」 「まさに魔性の技……瞳だ……ワシとて、事前にお主の瞳の力を知っておらねば幻から逃れられなかったであろう」 「…………」 「紫苑よ、ワシの手でお主に引導を……」 その時、再びネツァクの夢幻眼が光る。 「無駄だ! 幻はワシには……」 言葉を最後まで口にすることもなく、学園長の体が風船のように弾け飛んだ。 「……な……なぜ……」 腹部から飛び出した臓物を抑えながら、学園長が呟く。 「……あなたが破ったのは夢幻眼の50%、虚の瞳の力だけ……これが実の瞳の力……幻ではなく、現実に、物質的に破壊する能力……主に内側から衝撃を……もう聞こえていないか……」 ネツァクの一瞥と共に、学園長の頭部が先程の腹部と同じように勢いよく破裂した。 「内側から不可視の力……衝撃波で頭や体を吹き飛ばすのが実の瞳……これは疲れるからあまり使いたくない……だから、虚の瞳だけで片づくのは楽でいい……」 視るだけで、相手を視界に捕らえるだけでいい。 ネツァクは剣を抜くことすらなく、レッドの全ての魔術師を抹殺してしまった。 夢幻眼に逆らうことができたのは学園長だけであり、ネツァクはとてつもなくあっさりと簡単に、短時間でレッドの首都を滅ぼしてしまう。 魔術の国はたった一人の魔性の少女に滅ぼされたのだった。 「あちゃ〜、遅かったみたいね」 滅んだ国に相応しくない明るい声が生まれる。 「……遅刻だな、正義の味方失格だ」 「あなた達の行動が速すぎるのよ! しかも、七国同時に攻勢をかけるなんて……手が回りきらないじゃないの!」 「それが狙いだからな……さて、守るべきものはすでに無いが……それでも私と戦うか、クロス?」 「さて、どうしようかしらね?」 ネツァクとクロスはかって自分達が学んだ場所の廃墟で対峙していた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |